2006.01.18 Wednesday
障子と雨戸
昔は、家の外と中の仕切りは障子1枚だった。雨が降ったときや夜は雨戸を閉めたのである。
通常、雨戸は時間の経過によって徐々に閉めていった。夕暮れのときはまだ障子。すべて閉めるのはそろそろ寝ようかなというときである。木でできた雨戸には節もあり、そこからは光が入ってきた。閉めてしまっても周囲の様子は何となくわかっていた。
「今は、夕方5時にもならないのに、一斉に雨戸を閉める。家の中は真っ暗になって、黄昏の時間帯の様子を知らないで過ごしてしまうんですよね。他の気配を全部断ち切って、電気をつけて家の中にこもり、テレビを見ている」
隣の人が帰ってきたかどうかも知らない。遅くまで塾に行っている子供たちは、時間の動きや外の気配がまったくわからない。「雨が降りそう」「もうすぐ雨が上がる」という自然の様子を感じ取ることもできない。
「時間の動きや外部の様子を楽しむことができる家でないと、人間の感性は育たないでしょうね」
竹原 義二
竹原 義二 語録[9]
通常、雨戸は時間の経過によって徐々に閉めていった。夕暮れのときはまだ障子。すべて閉めるのはそろそろ寝ようかなというときである。木でできた雨戸には節もあり、そこからは光が入ってきた。閉めてしまっても周囲の様子は何となくわかっていた。
「今は、夕方5時にもならないのに、一斉に雨戸を閉める。家の中は真っ暗になって、黄昏の時間帯の様子を知らないで過ごしてしまうんですよね。他の気配を全部断ち切って、電気をつけて家の中にこもり、テレビを見ている」
隣の人が帰ってきたかどうかも知らない。遅くまで塾に行っている子供たちは、時間の動きや外の気配がまったくわからない。「雨が降りそう」「もうすぐ雨が上がる」という自然の様子を感じ取ることもできない。
「時間の動きや外部の様子を楽しむことができる家でないと、人間の感性は育たないでしょうね」
竹原 義二
竹原 義二 語録[9]
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